2010年1月30日

森戸英幸氏の登場である。あのお堅い有斐閣プレップシリーズの概念を粉々にしてしまった御仁である。興味のある方は『プレップ労働法』を一読されたい。
プレップ労働法 第2版 (プレップシリーズ)/森戸 英幸

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さて、本書であるが、かなり読者対象層を広めにとっていて、丁寧に事例を交えて解説をしている。「いつでもクビ切り」という主題よりも、むしろ副題にある「エイジフリー」を主題とした、エイジフリー社会の到来の功罪に関する内容となっている。

「エイジフリー」とは、著者によると、「年齢にこだわらない社会」あるいは「年齢を問題にしない社会」という意味だそうです。

第一章で、なぜ日本でエイジフリーが進展しているのかに触れた上で、第二・三章は(定年)退職と募集・採用いう出口・入口における立法と裁判所の解釈、第四章で諸外国のエイジフリー政策をざっと紹介し、第五・六章では、エイジフリーの問題点を、それぞれくび切り社会・無礼講社会の到来の観点から論じている。第七章は、エイジフリー政策のあり方についての著者の見解、そして終章である第八章はまとめとエイジフリー社会への対応策に触れている。少子・高齢化あるいはエイジフリーの進展にともない、企業および企業の人事部はどのような対応を迫られるのか、また若年・中年・シニア世代はそれぞれどう備えればよいのかについて物理的・精神的な準備の必要性を説いている。

犬郎は、著者のいう「中年世代というのは、会社でもまたそれ以外の場でも、若い世代からは突き上げられ、シニア世代からは押さえつけられ、というまさに板挟みの世代である。それも結局、ある場面では目上・先輩。別の場面では目下・後輩、という日本社会の年齢にこだわった上下関係に由来するものにほかならない。だとすれば、エイジフリー社会は、精神的な意味では中年層、中間管理職をもっとも解放してくれる社会かもしれない。」(p209)という、負担・痛みの公平分配論的な主張(つぶやき?)に注目する。

犬郎ノート(すんません!。スヌーピー
自分のためのノートなので整理されてません)

日本は年齢にこだわる社会であったが、徐々にエイジフリー社会に変わってきている。その理由としては、①少子高齢化の進展、②国際的なトレンド、③社会における人権意識の高まり、④①を背景とした高齢者の政治力の増加、を挙げている。(p20-22)

労働法学の分野では、1970年代から、定年制は年齢のみを理由とする不合理な差別であり、違法・無効であるという見解が主張されていた。(1968年秋北バス事件判決)犬郎もはじめて秋北バスが走っているのを見たときには感動したなぁ。目(p27)

ジュピター号見たことある人? 「はーい」http://www.oodate.or.jp/shuhoku/bus/

経済学の立場からは、エイジフリーの理念に基づく年齢差別禁止法を制定し、定年制や募集・採用時の年齢制限を違法とすべきであるという主張がなされている。(清家篤・生涯現役社会の条件)経済学者の通底する考えた方は「効率性である」。能力のある者は働いたほうが効率がいいということである。(p28)

老年医学の立場からは、「七五歳現役社会」をつくっていくべきであるという興味深い主張がなされている。(和田秀樹・75歳現役社会論)犬郎としては、和田氏の引用はいかがなものかと思うが、、、彼は老年医学の人でしたっけ。!?

アメリカ:1967年に「雇用における年齢差別禁止法」制定(採用・昇進昇格・賃金決定・解雇など、雇用のあらゆる局面における、年齢に基づくあらゆる形態の差別を禁止する連邦法)(p31)

ヨーロッパ:2000年11月のEC指令78号(雇用における年齢差別を原則禁止)(p32)

日本はエイジフリーでは後進国。

アメリカ人はどうやって会社を辞めるのか?(p102-104)

定年が禁止されているのに、なぜアメリカの労働者は自主的に退職するのかについては、①早々に引退して悠々自適の生活を送るのは人生の成功者であるという「ハッピー・リタイアメント」神話の存在、②毎年厳しい業績評価にさらされる仕事の厳しさ、③引退行動を誘引する企業年金設計を挙げている。
※一定年齢に達したら以降は給付が増えない、という制度設計は年齢差別禁止法違反となりうるし、企業年金に関する基本法である従業員退職所得保障法(エリサ法)上もそれは禁止されている。しかし、年齢ではなく一定の「勤務年数」もしくは「制度加入期間」を超えたらもはやそれ以降は給付が増えないという仕組みであれば、年齢差別禁止法上もまたエリサ法上も合法である。

随意的雇用の原則(p116):企業は、いかなる理由によっても、いや理由が全くなくても、解雇を自由を行う権利を有するというもの。

解雇権濫用法理(p120):判例法理が現在は労働契約法第16条となって成文化されている。整理解雇の四要件:①人員整理の必要性、②解雇回避努力、③選考の基準、④手続きの妥当性

ヨーロッパでも(p104)

雇用終了の局面について、EC指令の前文が、「引退年齢を定める国内法の規定を排除しない」とし、これは年金支給開始年齢到達を理由とする強制退職制度を許容するものと考えられている。すなわち年金を貰える年齢になったら辞めてもらう、という定年制は実施してもよい。

ちぐはぐな法政策、例外措置による妥協(p112)

雇用の「入口」においては、2007年度の雇用対策法改正により、募集・採用時の年齢制限が原則禁止されたが、「出口」には定年制という年齢を基準とした退職制度があり。法政策の一貫性が保たれていなり。これを、例外的に、採用対象者の年齢の上限をその会社の定年年齢としてもよい、長期的に育てていくことを前提に若年者をターゲットとした採用をしてもよい、特定の年齢層が不足している場合にはその年齢層のみを募集してもよい、といったいわば特例で法の不整合を修正している。

対応法としては、大きくは2つある、ひとつは、募集・採用時の年齢制限をしてもよいことにするということである。いわば逆戻りの考え方(筆者はこれに近い立場をとる。)。もう一つは、定年年齢の撤廃すなわち「入口」も「出口」もエイジフリーにしてしまうということ。

著者について:森戸英幸(もりとひでゆき)、1965年千葉県生まれ、東京大学法学部卒業(菅野和夫東大名誉教授門下)、東京大学法学部助手、ハーバード大学ロー・スクール客員研究員、成蹊大学教授を経て、現在は上智大学法学部・法科大学院教授。おそらくは山口浩一郎先生の定年退官に伴い、こちらに移ったのではないかと犬郎は推測する。どこの大学も労働法の枠は1人枠なのが現状。近年は労働法よりも、社会保障法の分野での活躍が目立つが、よりどころは労働法。外見は暑苦しい印象があるが、これは氏が大学時代ウエイトリフティングに在籍したことと無関係ではあるまい(?)。成蹊大学時代の森戸先生のゼミの紹介WEBページを拝見したが、森戸厩舎となっていた(じつは犬郎もよく見てましたこのHP)。水町勇一郎氏とつるんで若いころは(おそらくはいまも)相当オバカをやっていたらしい。最近は、政府関係の委員会の委員などもつとめているので、大人しくしている。愛すべきキャラの方です。犬郎は継続フォローしてまいります。

いつでもクビ切り社会―「エイジフリー」の罠 (文春新書)/森戸 英幸

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