『型破りのコーチング』の「日々是新書」で約束していた。平尾さんの講演録です。犬郎スヌーピーの都合のいいところだけ書いてあって、未整理なのであしからず。

でも平尾さん、いいこと言ってます。


基調講演 「ラグビーに学ぶリーダーシップと強い組織作り」

神戸製鋼ラグビー部 ゼネラルマネージャー
前 ラグビー日本代表監督
平尾 誠二 氏

講演の概要:

本論に入る前に、ぼくの分析するところのスポーツ界の現状について、簡単にご説明したいと思います。
まず、ひとつめは、優秀な人材の海外流出が活発化してきたという点でしょう。この動きを、ぼくはポジティブに解釈をしています。しかし、一般には深刻な問題であると考えられているようです。サッカーを例にあげれば、この間の、日本・オマーン戦では先発出場のイレブンのうち海外組は5名いました。近い将来海外組が全イレブンを占めるようなこともあるかもしれませんね。この現象をとらえて、例えば、Jリーグのファーム化を指摘する人たちがいます。しかし、別の見方をすれば、Jリーグを海外への登竜門と呼ぶことは可能でしょう。海外で活躍できるようなプレイヤーがたくさんでてくることはなにも憂うべきことではないのです。

たとえば、ひと昔前、甲子園球児に将来の夢を尋ねたら何と答えたでしょうか。たぶん、多くの野手は「巨人の4番」と答えたはずです。いまの球児に同じ質問をしたら「メジャーリーグ!!」と答えるのではないでしょうか。つまり、これは球児たちの目標値が上がってきていることをさしています。能力の向上に目標値の設定は不可欠ではないでしょうか。そして、その目標値自体が上がってきていることに意味があるのだと思います。

Jリーグのプレイヤーが海外にでるのも、目標値の設定が国内から世界に広がったということですからポジティブに理解したいですよね。

ふたつめは、コーチ受難の時代ということです。最近はプレイヤーがコーチを選ぶことが多くなってきました。従来型のコーチがプレイヤーを発掘して育てるという側面もなくなったわけではありませんが、こうした逆転現象が多くでてきています。

タイガー・ウッズは、現代を代表するゴルフプレイヤーですが、そんな彼でもコーチは自分で選んでいます。このコーチは、決してウッズよりも技術ですぐれているわけではないでしょう。しかし、そうしたコーチにおそらく信じられないほどの高額報酬を支払っているのではないでしょうか。フィットネスコーチやメンタルコーチなど、色々なコーチがプレイヤーにない知識をプレイヤーに合せたかたちで実践させ、レビューをして修正をはかっていきます。こうしたことはいまや珍しいことではありません。
また、コーチは、人生経験の豊富な年長者である必要があるのかといえば、そんなことはありません。ちなみに、オーストラリアはラグビーにおいては世界のトップクラスの国ですが、かの国のコーチはほとんどが20代から30代です。

自分はラグビーが専門ですので、ひとつラグビーの話を紹介させてください。昨年開催されました第5回ワールドカップはイングランドが初優勝しました。ワールドカップがはじまって16年にしての快挙に国中が沸き返りました。イングランドのラグビー協会が、ワールドカップに勝つために組織変革に取り組んだのは、ちょうど第2回のワールドカップの頃です。かれらが立てた計画は20年の長期にわたるグランドプランでした。その意味では、今回の優勝はかれらのプランより6・7年ほど早く実現してしまったわけですが、ぼくはなによりこうした長期のプランにこつこつと取り組む姿勢に驚かされます。そして、結果をしっかり出してくることにも驚きました。その一貫性とインセンティブの仕組みに特長があるのだと思います。イングランドチームには、オーストラリア人のパフォーマンス・ディレクター(日本でいえば強化コーチにあたるか?)がいますが、かれはラグビー経験のない、40才のホッケーコーチです。これも驚きです。

さて、導入のお話はこれくらいにしておいて、今日はスポーツの世界に身に置くものの立場から、すこしみなさんの日ごろのビジネスにご興味をもっていただけそうな話題を提供したいと思います。
みなさんは「チームワーク」という言葉を聞くと、どのような印象を持たれるでしょうか。ぼくは、ワークと聞くと、これは仕事ですからなにか悪い印象を持ってしまいます。仕事イコールつらい=さぼろうということです。でもこれを「チームプレイ」と呼ぶとなにか楽しいものに思えませんか。プレイは遊びですから、みんなで遊ぼうということです。これは楽しいわけです。仕事の場合、これは9時-17時と決められていれば、定時で終わりたいわけですけど、これが遊びとなると18時になっても19時になってもやめられないでしょう。仕事についても、じつはいい仕事をしている人は仕事を楽しんでいる人です。遊んでいる人なのではないでしょうか。

ぼくの知人に河合隼雄さんといって、精神分析の権威の先生がいらっしゃいます。文化庁の初代長官になられた方です。この方は、なんといっても文筆活動が旺盛で、たいへん多くの本をものされています。そういう方のことですから、「さぞかし本もたくさんお読みになるのでしょうね。」とお尋ねしたところ、「そんな時間はない。」とおっしゃる。なるほど、いろいろと仕事やらなにやらやりたくもない雑事に追われてお忙しいことは察せられますよね。しかし、河合先生は、「わたしは好きなことしかやらない」のだそうです。これはなにやら矛盾した話ではあるなと思案顔をしていたところ、先生は「面白くなくてやりたくないことは、面白くする。作り変えることが大事。」とおっしゃいました。きっと、この人の特技は面白くないことを遊びに仕立ててしまうことなんだろうと思いました。

スポーツの世界に話を戻しましょう。日本では、このプレイする人、つまり「プレイヤー」のことを「選手」といいます。選ばれた人なわけです。スポーツの世界では、言ったことをちゃんとする。ちゃんとしないと叱られる、恥をかくわけです。こうして、言いつけを守ったプレイヤーが選手として選ばれるわけです。うさぎ跳というトレーニングがありますが、これが体を鍛える方法として正しいのかはさておき、これもなにかの罰ゲームかの如く、やらないと叱られるものとして活用されているようです。これではいけないと思います。たとえば、大腿部を鍛えるためのものだとか、そうしたトレーニングにはなにかしらの意味をわからせてやらないとダメなのだと思います。

あるとき、ヤクルトの古田との対談で、彼に「素振りってあるけど、球を打たないのに、なぜ素振りで球を打つ練習をするの?」と質問したことがあります。古田は、一瞬答えに窮して、「なんでだろう。でも日本人の素振りは世界一きれいですよ。」と答えてくれました。素振りにもちゃんとした意味があるのでしょう。ピッチャーの投げる映像、飛んでくる球のイメージを描いて素振りをするのはいい素振りでしょう。この練習には意味があります。でも、先輩に言われたから、コーチに言われたからという素振りには意味がないのだと思います。こうした場合、素振りは人から言われた体罰みないなものです。100回素振りをしろと言われれば、1回の狂いもなく100回の素振りをする、決してそれは99回ではないでしょう。それでは先輩に叱られます。そして、101回以上の素振りをすることもないでしょう。うさぎ跳びもこれと一緒でしょう。

この、素振りのきれいさに関連してなんですけど、日本の場合、やはり型の競技に強いのではないかと思います。たとえば、昔でいえば体操ですよね。今でいえばシンクロナイズドスイミングなどがそうですね。これらはみな決められたことを、練習でやったことを試合の場面で、再現できるかが問われる競技なわけです。シンクロナイズドスイミングなどは、大会や会場が異なっても、プールの深さ、水温、音楽などすべての条件が同じ設定なわけです。こうした反復練習の再現は日本のお家芸なわけです。

野球とソフトボール、これをぼくはベースボール型競技と呼んでいます。この競技の特長は、監督の言う通りにするということです。「バントしろ。」、「盗塁しろ。」との指示があれば、プレイヤーは言うことを聞かなければならない。わざと言うことを無視したら、大変なことになりますね。それで、解雇されたプレイヤーもいる世界です。まるで日本の企業みたいです。さらに、プレイヤーと監督が同じユニフォームを着ています。他の競技で、監督がプレイヤーと同じユニフォームを着用しているのを見たことがありますか。ある意味、プレイヤーと監督がおなじ土俵にたっているのかもしれません。
ところで、これがサッカー、ラグビー、ホッケーとなると、日本は弱い。この競技の特長はプレイヤーがゲームを作らなければならない点にあります。こうした、自分でゲームを作るということが日本人は苦手なようです。

ぼくが日本代表監督だった時代、ニュージーランドコーチ5名、フィジー1名と一緒に仕事をしていました。かれらとも話しをしていたことですが、日本人は記憶のきめ細やかさがすばらしいのだそうです。つまり、「ちょっと」の間合いの調整がすごいんです。「パスをちょっと遅く出せ。」であるとか、「もうちょっと右に寄れ。」といったときのちょっとの体内メモリが優れているんです。釜石シーウェイブスで先ごろまでプレイしていたアンドリュー・マコーミック(日本代表初の外国人主将)に右に寄れといえば、彼は1㍍右に寄るでしょう。パスも明らかに誰の目にも遅くだすわけです。1秒くらいタイミングが遅いでしょう。これが、日本人ですと、パスも受け取ったプレイヤーでないと、遅くなったかどうか判別できない。そうしたレベルで調整ができるんです。さっきの話ではないですが、きれいなパスであれば、日本プレイヤーのパスは世界一きれいなパスのはずです。

元オーストラリア代表のスクラムハーフにグレアム・バショッフというプレイヤーがいて、つい先ごろまで日本のサニックスというチームで活躍していました。このプレイヤーは、ラグビー100年の歴史のなかでも3指に入る名プレイヤーといわれています。彼はスピードでいえば村田亙よりも下ですし、パススピードは堀越よりも下、キックも永友よりも下なんです。それではなにがすごいのかというと、ゲームを作る能力がすごいわけです。ぼくが、彼のゲームをみていたら、最初の10分くらい、極めて初歩的な反則をたくさんするわけです。知らない人がみたら、なんだあいつルールわかってんのかって感じです。でも、あとで聞いてみると、彼は審判の力量を見極めていたらしいんです。ルールというものには、人間が判断する限り幅があります。いいプレイヤーはルールぎりぎりでプレイするんです。こうして、ぎりぎりを見極めておいて、ゲームを作っていくわけです。こんなプレイヤーが15名もそろっているワラビーズやオールブラックスに勝てるわけがありません。ラグビーの反則に、ノットストレートやノットリースザボールというのがありますが、こうしたぎりぎりのプレイをするためには、プレイヤーはルールを誰よりも厳密に理解していなければダメなんです。ぼくが代表監督のときに、日本代表のプレイヤーを集めてルールのテストをしましたが、平均点は60点でした。ルールを自分達で作っていってしまう世界のトップとルールも満足に理解していない日本代表、どちらがゲームに勝つかは自明ではありませんか。

先述の河合先生は、日本の組織で一番危ない奴は、クリエイティビティのある奴だとおっしゃる。つまり、人と違うことを言う奴だと。こうした人達を「異端児」と呼ぶことが多いですが、これって変な日本語だと思いませんか。それは余談として、こうしたクリエイティビティのある奴をどうやって組織に取り込めるかが重要なのです。ラグビーでも、ビジネスでも同じではないでしょうか。

ぼくは、ラグビーについても戦略・戦術の時代でないと思っています。ゲーム(ビジネス)モデルもしかりです。こんなものはたったの1試合で風化してしまします。ビデオで解析されてしまいます。個人レベルで状況を変えていかなければならないんです。いま、サッカーのFIFAランキングは29位です。日本の国力は30位なのだそうです。

皆さんは、このランキングは、日本の国力からみて正当だと思いますか。これだけの恵まれた環境があって、道具も買うことが出来て、それでいてこの順位で満足していてはだめだと思います。フランスの学校などを見ていると、教会の中に学校があったりして、満足に運動ができるグラウンドすらないんです。日本の学校を見てください。芝のグラウンドとはいわないですけど、かならず運動会ができる校庭があります。ほとんどの子供達が、ボールもスパイクも親にせがめば買ってもらえるのではないでしょうか。ちなみにラグビーは世界20位です。この20位も競技国はサッカーの半分くらいですから大したことはないです。競技人口は世界で4位なのですから。

個人レベルで状況を変えるとはどういうことでしょう。これは、個人の判断能力を上げていくということになると思います。決断と実行が日本人にはないように思われます。この能力を上げていくためには、指導者はあまり怒ってはだめです。挑戦が起こらなくなってくるんです。怒ってよいのは、もともとやれることをやらないプレイヤーです。こうしたプレイヤーはどんどん怒りましょう。でも、誰もやったことのないことに取り組んでいるプレイヤー、こうしたプレイヤーを怒るのはいけないと言っているわけです。

チームプレイが必要でないと言っているわけではないんです。個人の判断能力を上げていった上での、チームプレイが重要なのだと思います。いかがでしょうか、皆さんのビジネスの場においても今日のぼくの話が少しでも役に立てば幸いです。ご清聴ありがとうございました。

参考文献として、以下をオススメします。『型破り…』は省略します。

イメージとマネージ―リーダーシップとゲームメイクの戦略的指針 (集英社文庫)/平尾 誠二

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「日本型」思考法ではもう勝てない/平尾 誠二

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以上